いまどきのバンコクにはなんでもある。オーガニック認証のついた食材から、有機または減農薬の野菜までスーパーで手に入る。一昔前は、食品が60パーセントをしめるスーツケースと、途方もない重さのこれまた食品満載の手荷物を持って搭乗していた。
現地調達率が増して荷物はかなり減ったが、いまだにここにはないものもある。「いい加減、あきらめたら」といわれそうだが…サンショがない。特に私が恋い焦がれるのは「生の葉ザンショ、木の芽」のこと。 季節限定のものだから日本でも難しいが、豆腐の味噌汁に浮かんだ木の芽の、あの上品な香りは夢にまで出てくる。
祖母が住んでいた滋賀の田舎はサンショの木が垣根になるほど日々の食にサンショを使っていた。琵琶湖が近いこともあり湖で取れた小魚を煮るときは、もちろんサンショの葉を摘んできて入れる。こうすると魚の臭みがとれ、冷蔵庫のないあの時代でも保存期間を延ばすことができたのだ。春に田舎を尋ねると、祖母はサンショの黄色い小花と葉を、醤油と燗冷ましの酒だけでいっしょに煮てくれた。粒ほど舌がシビレることなく、安心してサンショが楽しめる葉ザンショの常備菜は、子供の頃からの好物である。
タイでは乾燥した「花椒」がスーパーで売られていた。今まで使ったことがないものだったが山椒も花椒も「椒」の字が同じだし、鼻を近ずけて袋の上から匂いを嗅ぎまくった結果これはサンショに違いないと買ってみた。しめしめとこれでサンショ問題も解決すると思ったのだが、袋を開け、いざ使ってみると粒は大ぶりで硬く、香りも微妙に違い、舌が強烈にシビレた。ミカン科サンショ属同士だが、花椒は麻婆豆腐に使われるあの風味だったのである。
にがい経験をへて、サンショのことはあきらめていた。するとある時、レストランで食べたタイ料理の中にまさかのサンショの匂いがしたのである!なにがいったいと、慌てふためき、その海鮮炒めを皿の上によくよく並べ、個別に食べた。わかった。枝ごと入っていた生の青胡椒が、まるでサンショのような風味を放っているではないか。辛いのがやや残念だが、あの上品な香りが確かに似ている。
タイでは生の青胡椒を生姜のような感覚で炒め物にそのまま入れる。辛いと思って長いこと食べなかったのが敗因だったーー。青胡椒はピリッとはする。でもチリと違ってどこか穏やかだし、ラーメンに胡椒をかけすぎた時のあれだから辛さも馴染みがある。
以来、うちでもよく生の青胡椒を使うようにはなったのだが、冷蔵庫が大の苦手で新聞紙に包んでおいても生姜やニンニクより持ちが悪い。なんとか長持ちさせる方法はないものかとネットを調べていると、塩漬けにしたという記述にあった。偉い人がいるものだ!早速、私もやってみることにした。
まず30年も自然農法を続けている友達のソンディーさんの畑に胡椒摘みに出かけた。胡椒の木は池のほとりの畑のうしろ、ハーブとその他のいろんな低木にまぎれたヤブの中に植わっていた。虫に刺されまいと用心しながら、迷わず進むソンディーさんの後を追うと、細い鎖のイヤリングのような青胡椒がいっぱいぶら下がった木を見えた。
それにしても自然農法の大地はすごい。南国のジャングルみたいな木立の中でも、私も夫も虫に刺されることなく余裕で胡椒摘みができた。バランスのとれた大地はそこに住む虫たちの生態もバランスが保たれてるというがまさにそのとおりである。
「アクがすごいからすぐ黒くなるよ」と、ソンディーさんは自分が知る自然を活用したアク抜き法を教えてくれた。だが、あれはタイミングなのか、種類なのか。何回かは綺麗な青色の粒のまま塩漬けにすることができたが、同じようにしてもすぐ黒くなることもままあり、未だによくわからない。黒くなっても構わないが、青いと柔らかしいし、お皿の上が華やかである。結局少量ずつ作るという、たいして進歩のない結論に至り、うちの定番の塩漬けとなっている。
だが青胡椒の塩漬けはなかなか重宝で「胡椒の塩漬け持ってきて」とテーブルで夫が叫ぶ頻度はかなりのものだ。サンショの香りがふゎ~っとして食が進み、何にでもパラパラかけたくなる。熱帯の植物である青胡椒を日本で手に入れるのは難しいだろうが、どこかで生の青胡椒を見かけたら是非おためしください。
青胡椒の塩漬け
- 生胡椒 120g
- 塩 胡椒の30%の重さ
- 青胡椒の実をはずし熱湯で5分ゆでる。
- ザルにあけて、風に当てよく乾かす
- 2と塩を混ぜてビンにいれ冷蔵庫で保存
- 水が上がってきたら水を捨て、分量外の塩をふり保存する。
青胡椒の塩漬け&油揚のまぜごはん
- 赤米入り玄米ごはん 2合
- すし酢 適量
- 揚げ 1枚
(醤油、みりん、水、昆布で煮る) - 生胡椒の塩漬け 大さじ2~3
- 谷中生姜 みじん適量
- 炊いた赤米ごはんが熱いうちにすし酢をあわす。
- 煮た揚げと青胡椒の塩漬けを混ぜ合せる。
木幡恵プロフィール
20代でマクロビオティックに出合い、30代で雑穀に出合い、50代でタイに出会ってしまった料理クリエイター。ストイックだけど大胆、本気だけど本音であることがたいせつだと思っている。料理活動の場はバンコク。ベジを基本にアジアの調理法を盛り込んだ料理クラス「gaiatable」を主宰。
タイ語のマガジンHEALTH &CUISINEと日本語のタイ情報誌のDACOにレシピを連載中。
自身が企画した商品をヤムヤムから販売している。
■つぶつぶクッキング
■無発酵の雑穀パン
■雑穀つぶつぶクッキング
■おいしいマクロビィオテック (タイ語)
■タイの料理雑誌HEALTH&CUISINE(タイ語)
■タイのマガジンDACO 料理エッセイ「大地のめぐみ」(日本語)
★Gaia Table 南国食日記
http://gaiatable.com/diary/
★ヤムヤムホームページ
http://www.gaiatable.com/