タイに住んで11年が過ぎた。住みはじめたきっかけは、ソンティーさんというタイ人との出会いからである。彼は1953年生まれで私と同じ。学生時代は日本のあのころと同じように学生運動にあけくれいたそうだ。今も仲良しの奥さんとは、拠点があったジャングルで、迷彩服での結婚式だったらしい。卒業すると一旦は就職し、やがて会社も持ち、商売も順調だったのだが、ある時、全てをリセットしてしまうのだ。タイ中部の禿げ山を買い植林しながら、自然とともに暮らすことを1人ではじめたのだ。「なぜそうしたの」と訪ねても「自分の道を行くことにしたんだよ」と微笑むばかりだ。

バンコクから車で7時間もかかるベチャブーン高原に彼の農園はある。そうちょくちょくとは行けない距離なのだが、4月の初めになると「梅がなったよ」と、連絡がくる。タイでも日本の梅干しのことは知られていて、彼自身も大好物である。

不思議な風景だ・・・梅の木は、南国の植物が生い茂るブッシュの中に、バナナの木と隣りあって植わっている。枝は自由に伸び放題でなんとも野性的だ。どれも日本で梅干し用に使われる梅とはやや違う品種のように思われる。おのおの、好き勝手にいろいろな形の実をつけている。

梅は色づくと熟れるのが早い。暑い国だからなおのこと油断はならず、 用心深い日本人の私はいつもやや早めにもぐことになる。塩は事前に塩田で買ってくるが、製品精度の高い日本の塩とは違い、細かいゴミが入っているのは当たり前である。梅が色づくように陽に当てながら、ジリジリと暑い午後、顔から伝い落ちる汗をふきふき、目を凝らして塩の選別をする、これがタイの梅干し作りの現場である。

南国だから減塩はリスクが高いため、昔ながらの塩加減で漬ける。だが、ここからが苦労する。残念ながらタイでは赤じそは育たないので、そのまま漬けておくしかないのだが、はたして何日漬ければいいものなのか。ここは毎日32度の真夏なのだから、季節の変化で作業を推しはかる日本のノウハウではいまいち役には立たない。そうなると、ひたすら心を傾けて真剣に漬けた梅の変化を観察するしかなくなる。ノウハウに慣れた身にはややつらいが、毎日、真剣に梅干を思い続け、様子をうかがっていると、本能が復活するのだろうか「いまだ」と確信できる時が来る。そしたら路地でザルを売り歩くのおじさんをつかまえ、大ザルを買い、干すのである。

アホらしいほど梅のことを考え続けた数ヶ月。梅といっしょに過ぎた時間は、大地がそばにいてくれるような安堵感で満たされていた。暮らしているだけで楽しかった。

種ばかり大きな梅なのだけど、ホームシックにかかった時は、きっとこの梅干しが心も体も癒してくれると思うのだ。

木幡恵プロフィール

20代でマクロビオティックに出合い、30代で雑穀に出合い、50代でタイに出会ってしまった料理クリエイター。ストイックだけど大胆、本気だけど本音であることがたいせつだと思っている。料理活動の場はバンコク。ベジを基本にアジアの調理法を盛り込んだ料理クラス「gaiatable」を主宰。

タイ語のマガジンHEALTH &CUISINEと日本語のタイ情報誌のDACOにレシピを連載中。
自身が企画した商品をヤムヤムから販売している。

■つぶつぶクッキング
■無発酵の雑穀パン
■雑穀つぶつぶクッキング
■おいしいマクロビィオテック (タイ語)
■タイの料理雑誌HEALTH&CUISINE(タイ語)
■タイのマガジンDACO 料理エッセイ「大地のめぐみ」(日本語)

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